2025年06月02日 筆頭和論文
臨床眼科 2025年6月号
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特集 第78回 日本臨床眼科学会講演集
「眼瞼下垂に対する、2つの術式による術後の瞬目の比較」p717-722
臨床眼科 Vol.79 No.6 2025年6月号
林 憲吾
コメント
眼瞼下垂症手術に対する2つの術式、「挙筋腱膜前転法」と「ミュラー筋タッキング」において、術後の瞬目(まばたき)の変化を比較しました。
変化の比較には、瞬目の状態を解析できるアイドラを使用しました。
対象は、当院にて軽度から中等度の眼瞼下垂と診断し、上記のいずれかの術式で手術を受けた症例の
術前、術後1週間、術後2か月で瞬目検査における瞬目の回数と不完全閉瞼の割合を調べました。
その結果、両術式とも術後1週間の時点で、瞬目回数の減少と不完全閉瞼の増加が認められました。
術後2か月では、ミュラー筋タッキングでは瞬目回数・不完全閉瞼ともに術前とほぼ同等に回復していましたが、
挙筋腱膜前転法では不完全閉瞼の有意な増加が続いていました。
このように、術式により結果が異なる原因として、
硬く伸展性のない挙筋腱膜と、柔らかく伸展性のあるミュラー筋の
組織の伸展性の違いによると考えられます。
患者様一人一人の眼瞼下垂の程度に合った術式を選ぶことはもちろんですが、
術前のドライアイの状態も加味して考慮することが重要と思われます。
2025年06月01日 国内学会発表・講演
第12回 日本眼形成再建外科学会(京都)
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今回、京都(京都府立医科大学内ホール)で行われた
日本眼形成再建外科学会
シンポジウム:形成外科と眼科の教学相長 にて
「眼表面を考慮した眼瞼下垂手術」について、解説させていただきました。
コメント
眼瞼下垂の術後、一時的にドライアイの症状が現れたり、もともとあったドライアイが悪化したりすることがよくあります。
そのため、手術前後で角膜や結膜に傷(以後:SPK)ができていないかを確認しておくことが重要です。
また、もし手術前から明らかなドライアイがある場合には、まず点眼などによる治療を優先して行うべきです。
瞳孔の中央から上まぶたの縁までの距離のことをMRDといいます。(以後:MRD)
従来のMRDの測定方法はペンライトと定規を使って肉眼で測定します。
論文上では0.5mm単位で判別可能とされますが、実際にはそれほど精密に見るのは難しく、1mm単位が現実的です。
この方法で、眼瞼下垂の程度を「軽度」「中等度」「重度」と把握できます。
また、細い光(細隙灯)を使って拡大しながら測る方法では、0.5mm単位までは測れます。
ただし、被検者にとって眩しく、正確に測るのは困難です。
当院では、アイドラ(SBM社)による測定を取り入れています。
この方法は赤外線を使うため眩しくなく、0.1mm単位で測定できます。
手術を行う前後で3回測り、その中央値を採用することで、
より正確な数値が得られるため、患者さんへの説明にも有用です。
術後の数週間は、ドライアイの症状が出ることがありますが、多くの場合は数か月以内に症状が落ち着くとされています。
当院の手術では、術後の一時的なドライアイを危惧し、高齢者のMRDを一律に低めには設定せず、
患者さんに合わせてMRD=3~4mmを基準に目標を設定をしています。
また、手術方法により術後のSPKの出現が異なります。
【挙筋腱膜前転法】
この方法は、硬い挙筋腱膜という筋肉の膜を前に引っ張って固定する手術です。
デメリットとして、術後は、まぶたのカーブが急峻になりやすく、
微調整が難しいという特徴があります。
中等度以上の眼瞼下垂にこの方法を行った場合、
術後にSPKが多く見られる傾向があります。
【ミュラー筋タッキング】
この方法では、柔らかいミュラー筋だけを縫って固定するため、
より自然な仕上がりになりやすいです。
まぶたのカーブがなだらかで、調整もしやすいのが特徴です。
中等度以上の眼瞼下垂に対しても、術後のSPKが少ないことも特徴です。
しかし、ミュラータッキングのデメリットとして、再発率の高さが挙げられます。
ミュラー筋を縫い縮めるだけでは開瞼の維持が難しく、術後すぐに眼瞼下垂が戻ってしまうことがあります。
ミュラー筋タッキングで再発する典型的なパターンは2つです。
①軽度な眼瞼下垂に少量幅(6mm程度)のミュラー筋をタッキングした場合
②重度な眼瞼下垂で、ミュラー筋が非常に薄く、術中に結膜が透けて見えている症例に大幅(12mm~)なミュラー筋をタッキングした場合
この2つのパターンは早期に眼瞼下垂が再発します。
【ミュラー筋タッキングと挙筋腱膜前転を併用した術式】
「ミュラー筋タッキング」と「挙筋腱膜前転法」を組み合わせた併用の術式では、まずミュラー筋を2点でタッキングし、ベースをつくります。
そのうえで、挙筋腱膜を1点だけ追加固定することで、まぶたのカーブや高さを微調整していきます。
なお、この術式ではミュラー筋と瞼結膜の間を剥がさずに行うため、従来の「挙筋短縮術」とは異なり、結膜側の局所麻酔は不要です。
そのため、低侵襲で術中の腫脹も少なく、開瞼幅の術中定量と術後の結果に差が出にくいことが特徴です。
この2つの術式を組み合わせることで、自然なカーブを持つまぶたをつくりながらも、開瞼力をしっかり確保できます。
また、ミュラー筋タッキングをベースとしているため、挙筋腱膜前転法単独と比べて、術後のSPKも少ない傾向にあります。
さらに、この術式のもう一つのメリットは、術後の左右差に対する再調整が非常に簡便であることです。
手術から10日ほど経過した時点で、左右のまぶたの開きに1mm以上の差がある場合には、前転した腱膜の1点だけを短時間で再固定する調整が可能です。
ミュラー筋タッキング+挙筋腱膜前転法の併用は、自然な見た目や、安定した開瞼、SPKの予防、術後の再調整のしやすさというメリットがあります。
術後にSPKが起こる原因として、①涙液貯留量の減少、②瞬目の変化が考えられます。
手術によってまぶたがよく開くようになると、目の表面に貯まっている涙が減ることが報告されています。
これは、涙の排出を促す涙道のポンプ機能が強く働くようになることが考えられます。
また、 手術によってまぶたを開く筋肉(眼瞼挙筋)が強くなる一方で、閉じる筋肉(眼輪筋)の働きが一時的に弱まります。
そのため、術後早期は目を完全に閉じきれない「不完全瞬目」が増える傾向があります。
このため、涙が蒸発しやすくなり、SPKの原因となります。
変化を正確に捉えるには、瞬きの動きを測定し分析することが大切です。
当院では、冒頭でも紹介したアイドラ(SBM社)を瞬目検査機器としても使用しています。
瞬きの様子を動画で撮影し評価することができます。
術後1〜2ヶ月経つと、瞬きは元に戻ってきます。
特にミュラー筋タッキングでは、2ヶ月後には術前とほぼ同じ程度に回復します。
一方で、挙筋腱膜前転法では2ヶ月経っても不完全瞬目が多く残存していることがわかります。
挙筋腱膜前転法は、術後にまぶたが完全に閉じづらくなる「閉瞼不全」や、ドライアイが生じやすいという課題があります。
こうした課題に対する改善策として、挙筋腱膜の外側(lateral horn)を切離してから前転するという方法が有用と考えられます。
これによって、腱膜の伸展性が向上し、その結果、術後のまぶたの開き具合を確保しつつも、閉瞼不全のリスクを軽減できるものと思われます。
ドライアイが悪化しやすい症例として、注意すべき2つのパターンを挙げると
緑内障の点眼薬(PG剤:ラタノプロストなど)を長期間使用し、上まぶたのくぼみ(DUES)がある方は
通常よりも涙液貯留量が少なく、術後さらに涙が減ることが報告されています。
術後早期のSPKの悪化が予想されるため、ドライアイの点眼だけではなく、術後1週間程度は就寝前の眼軟膏の点入など対策が重要と思われます。
また、術前から上まぶたと目の表面がこすれて起こる慢性的な目の炎症、上輪部角結膜炎(SLK)がある方は、術後に悪化するリスクがあります。
特に、眼球が突出する症例(甲状腺眼症など)にはSLKが見られることがあるため、要注意です。
この場合も、目薬のみではなく、涙点プラグ(涙が目に留まる処置)などの治療を検討します。
どの手術方法を選ぶにしても、
眼瞼下垂手術は目の表面(オキュラーサーフェス)に影響を与える手術です。
そのため、手術前と手術後の目の表面の状態をしっかりと確認し、
必要に応じて適切な治療を行うことがとても重要です。
2025年05月07日 筆頭和論文
日本眼科手術学会誌
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「自発性瞬目測定時の瞬目基準の設定」
Vol.38, No.2, P308~309, 2025
日本眼科手術学会誌 林 憲吾
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アイドラ(SBM Sistemi社)は一般的にはドライアイに対する検査機器ですが、光干渉を利用した涙液油膜の厚みの測定のほか、まばたきを動的に撮影し、まばたきの程度を定量化することが可能です。
当院における眼瞼下垂の手術前後の自発性瞬目検査について報告しました。
アイドラは、24フレーム/秒で上眼瞼の動きを撮影し、非侵襲的で簡便に瞬目を検査することができます。
瞬目としてカウントされる基準を開瞼幅の中央値に再設定することで、異常な瞬目回数と不完全瞬目と判定される割合が減少し、臨床的に妥当な数値として、扱うことができることを報告しました。
2025年05月07日 執筆著書
「動画&イラスト&写真でわかる眼瞼手術の極意」advance
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「動画&イラスト&写真でわかる眼瞼手術の極意 advance」 著書 小久保 健一
「ミュラー筋タッキング+挙筋腱膜前転術」 林 憲吾 P48~P56
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当院の基本術式としている「ミュラー筋タッキング(2点)+挙筋腱膜前転(1点)」の適応と手術方法について解説しました。
眼瞼下垂症の手術で代表的な術式はいくつかありますが、
当院の主な眼瞼下垂症の術式は、
・挙筋腱膜前転法
・ミュラー筋タッキング
・ミュラー筋タッキング+挙筋腱膜前転
の3つです。
ミュラー筋は柔らかく伸展性がある組織のため、術後の瞼が自然なカーブになりやすいのが特徴です。
しかし、ミュラー筋のみでは再発率が高いことが報告されております。
眼瞼下垂症が重度の症例、特にミュラー筋が薄い症例ではミュラー筋タッキングのみでは再発しやすいため、挙筋腱膜の前転も追加で行う必要があります。
ゴールドスタンダートとされている「挙筋群短縮術」は挙筋腱膜とミュラー筋の両者を前転する方法です。
しかし、デメリットとしてミュラー筋と瞼結膜の剥離をする必要があり、結膜とミュラー筋の間を剥離する操作の前に局所麻酔の追加が必要です。麻酔を追加することで、術中と術後の状態に差が生じる場合があります。
ミュラー筋タッキング(2点)+挙筋腱膜前転(1点)では、挙筋群短縮術の際に行う、ミュラー筋と瞼結膜の間を剥離をする必要はないので、より低侵襲な術式だといえます。
ミュラー筋を2点固定し、大まかな開瞼幅と自然な瞼縁のカーブを確認し、挙筋腱膜の1点の前転量と固定位置により、開瞼幅とカーブを微調整します。
2025年04月29日 国内学会発表・講演
第129回 日本眼科学会総会(東京)教育セミナー
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教育セミナー「眼瞼診療の黄金律~どう治療すれば喜ばれるのか~」
今回、東京で行われた日本眼科学会総会の教育セミナーにて、
「眼瞼下垂症手術とドライアイ」について解説いたしました。
コメント
眼瞼下垂の手術を行った後に、一時的ではありますが、
ドライアイが生じたり、もともとのドライアイが悪化したりするケースをしばしば経験します。
特に術前に角結膜上皮障害(SPK)があるかどうか、
その程度をしっかり把握しておくことが、術後の経過を予測するうえでとても重要です。
もし手術前から明らかにドライアイがある場合は、
まず点眼治療などによって状態を整えることを優先すべきと考えます。
眼瞼下垂の手術では、
瞳孔の中心から上まぶたのふちまでの距離(MRD:Margin Reflex Distance)を広げますが、
この距離がある程度以上に広がると、SPKが起こりやすくなります。
国内の既報では、高齢者はMRDの増加が2.0mm以内であると、より安全であると報告があります。
当院の瞼下垂の手術では、MRDを3〜4mm程度に調整することが多いですが
患者さんの年齢や術式に応じて設定することが重要と思われます。
また、術式によっても術後のドライアイの発生は異なります。
挙筋腱膜前転法は、まぶたをしっかりと引き上げることが可能ですが、
まぶたのふちのカーブが急峻になりやすく、非常に細かい調整が必要であり、
術後早期にSPKが多く、その後半年ほどで徐々に改善する傾向が見られます。
硬い挙筋腱膜を前転するこの術式では、SPKのリスクが高まるため、
腱膜を大幅に前転し、2~3か所固定する場合は、
腱膜外角に減張切開を加えて伸展性を改善するなどの工夫が必要です。
一方、ミュラー筋タッキングは、より自然なまぶたのカーブを作りやすく、調整もしやすい術式です。
術後にドライアイが出にくく、まばたきの浅さ(不完全瞬目)も比較的早い段階で改善します。
ただし、術後1年で挙筋腱膜前転法より再下垂率が高いことも報告されております。
術後のドライアイの主な原因は、涙の量が減ってしまうことと、まばたきが浅くなることです。
まず、涙液の貯留量が減少することが報告されております。
もう一つの原因として、手術の直後、まばたきが浅くなってしまうこと(不完全瞬目)です。
これらの原因が重なることで、角膜や結膜に傷がつきやすくなり、SPKが発症します。
ドライアイが悪化しやすい例として、上輪部角結膜円(SLK)がある症例と緑内障点眼を使用中の症例が挙げられます。
まず、SLK(上輪部角結膜炎)が元々ある患者さんや甲状腺眼症など眼球突出のあるの患者さんでは、
手術後に上まぶたと眼球表面との摩擦が強くなって、SLKが悪化することがあります。
そのため、術前にしっかりと確認し、点眼のみではなく、涙点プラグも検討します。
また、緑内障の治療でPG系の点眼薬(プロスタグランジン関連薬)を使用している場合、
涙がもともと少なく、術後にドライアイが悪化しやすくなることが報告されております。
このような場合は、防腐剤の入っていない点眼薬に切り替えたり、
手術の際にまぶたの挙上量を控えめにしたり、
術後1週間は就寝前に眼軟膏を点入するなどの対応が必要です。
今回は、眼瞼下垂症手術で起こりうるドライアイに対し、
術前後の対策について解説させていただきました。
2025年02月28日 執筆著書
OCULISTA:眼瞼手術の勘どころ 「眼瞼下垂とドライアイ」
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OCULISTA
眼瞼手術の勘どころ-視機能・整容・再手術-
「眼瞼下垂とドライアイ」
No.143 P14-21.2025
林 憲吾
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眼瞼下垂手術とドライアイについて解説しました。
眼瞼下垂症は、瞼の筋肉が伸びることや、加齢により薄くなること、
脂肪の変性や欠損により挙筋機能が低下することが原因です。
近年の高齢化社会に伴い、高齢者の加齢による眼瞼下垂症は
今後もさらに増加することが予想されます。
瞼の筋肉を動かす眼瞼下垂症の術後は、
一時的に瞼の閉じにくさ(閉瞼不全)、ドライアイの発症や悪化することがあります。
術後の1~2ヶ月は、瞬目(まばたき)が浅く、ドライアイが出やすい期間ですが、
術後の3ヶ月~6ヶ月間に、瞬目も深くなり、ほとんどが軽快します。
そのため、手術前後にドライアイの有無を確認することが重要です。
手術前に明らかなドライアイを確認した場合は、まずはドライアイの治療を優先します。
点眼治療で改善が見られない場合や、緑内障多剤点眼使用中の方は術後早期からドライアイが
著名に悪化する傾向にあるので、涙点プラグ挿入術などの積極的な治療を推奨します。
術者として、術中の開瞼幅の増加のみでなく、
ドライアイの悪化や閉瞼不全、オキュラーサーフェス(眼表面)への影響を考慮した術式を
患者さんに合わせて選択することが重要であると考えられます。